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大阪高等裁判所 昭和59年(行ケ)5号 判決 1984年11月30日

原告

山本次郎

被告

兵庫県選挙管理委員会

右代表者委員長

西田清一

右指定代理人

布村重成

外六名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  ただし、昭和五八年一二月一八日に行われた衆議院議員選挙の兵庫県第二区における選挙は違法である。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一被告の本案前の抗弁に対する判断

1原告が昭和五八年一二月八日に行われた衆議院議員選挙の兵庫県第二区における選挙人であつたことは当事者間に争いがない。

原告は本件選挙における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率が、最大四4.41対1に及んでおり、これはなんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)のいかんにより一部の選挙人を不平等に取り扱つたものであるから憲法一四条一項等に違反するとして、本訴を公選法二〇四条に基づく選挙無効訴訟として提起しているものであるところ、本訴が同条所定の三〇日以内である昭和五九年一月一四日に当裁判所に提起されたものであることは本件記録上明らかである。

2しかるところ、被告は、本件訴えは不適法であるというのであり、その理由とするところは、要するに、現行公選法は、議員定数配分規定自体の違憲、無効を主張する本件のような訴えを全く予想しておらず、現行法体系の規定の仕方や民衆訴訟の本質からみて、本件訴えは公選法二〇四条の要件に適合せず、また同条の拡張解釈をしてもなおその限界を超えるものとして不適法である、というものである。

思うに、公選法二〇四条所定の選挙無効訴訟の立法趣旨は、公選法の規定に違反し、かつそのことが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合に、当該施行された選挙の効果を失わせ、改めて同法に基づく適法な再選挙を行わせること(同法二〇五条、一〇九条四号)を目的とするものであり、したがつて、当然同法の下において、当該選挙区の選挙管理委員会の権限により適法な選挙の再実施が可能であることを予定した制度であることは、選挙訴訟に関する規定の仕方や制度の趣旨にてらし明らかである。しかるところ、議員定数配分の改訂は選挙管理委員会の権限ではなく、公選法の改正を要する国会の立法権に属する事項であるから、議員定数配分の違憲無効を理由に同法二〇四条によつて選挙無効を求めることは、現行公選法の予定しない訴訟ではないかとの疑いが生ずるのであつて、この点に関する被告の所論はその限りにおいて首肯することができる。

しかしながら、選挙人において、議員定数配分の不均衡の故に憲法上保障されている選挙権の平等が侵害されたとして裁判による救済を求めている場合に、右訴えが本来公選法二〇四条の訴えの要件に適合しないとして、その救済を拒否することは、そもそも同条が選挙の執行、管理上の瑕疵についてすら救済を認め、公正な選挙の実現を図つていることと権衡を失するし、また、他にこれに対する適切な救済の方途が現行法上認められていない以上、憲法上保障されている基本的人権に対する侵害を放置する結果となるものである。すなわち、公選法二〇四条は現行法上国会議員の選挙の効力を争うことのできる唯一の訴訟であるから、前記のような不相当な結果の生ずることを避けるために、議員定数配分規定の違憲を理由とする訴えについて公選法二〇四条の適用を認めることは、基本的人権の侵害に対してはできるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法の要請にそうものであつて、このことは到底無視できない点である。すなわち、当裁判所としては、このような訴えを是認することは民衆訴訟である前記法条による訴えの転用ともいうべきであり、本来の法律の解釈方法としては拡張解釈にすぎるとのうらみを残すことを否みえないのではあるが、それが故に前記のような憲法上の要請にこたえないことは相当でないと考える。

この点に関し、被告はさらに裁判所が本件のような理由で選挙無効の判決をしても、再選挙のため国会がわずか二〇日間で定数を改正することは不可能であり、選挙管理委員会としては法定の再選挙を延期せざるを得なくなるし、また、判決の内容いかんによつては国会の正常な運営を著しく阻害されることがあると主張するけれども、右は事実上の難点にすぎないものであつて前記の憲法上の要請に優先するものではなく、またその点の不都合については、選挙の無効を宣言しない事情判決等をすることによつて避けることもできるものである。

3また、議員定数配分規定は、憲法上国会の定立する法律で定めるものとされており、そのかぎりにおいて国会の広汎な自由裁量に基づく立法政策的判断が先行するものではあるけれども、国会がその裁量権の範囲を逸脱して議員定数の配分に著しい不平等を生じさせるような場合には、その規定が憲法に違反するかどうかについての判断は、当然司法審査の対象となるものというべきである。

4そうすると、本件訴えは適法で、被告の本案前の抗弁は理由がない。

第二本案についての判断

1選挙権平等の憲法上の意義と具体的基準について

一議会制民主主義を採る日本国憲法の下において、国権の最高機関である国会は、全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成されるところ(四一条、四二条、四三条一項)、この両議院の議員を選挙する権利は、国民の国政への参加を認める基本的権利であつて、法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定の政治の領域における適用として、成年者たる国民のすべてに対してその固有の権利として保障されるものであり、右議員を選挙する者の資格は、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないものである(一五条一項、三項、四四条但し書)。

そして、この場合前記憲法一四条一項に定める法の下の平等は単に選挙人資格における差別の禁止を意味するだけでなく、選挙権の内容の平等、すなわち各選挙人の投票の実質的価値の平等、換言すれば、すべての投票がそれぞれ選挙の結果に及ぼす影響力において平等であることをも要求するところであると解するのが、憲法の理念からして、相当である。

二また、以上のような憲法諸条を通覧すると、右の意味における選挙権の平等は単に同一選挙区内における保障では足りず、全国の各選挙区間の比較においてもこれを保障すべきであることは明らかである。右の見解と異なる被告の主張は採用することができない。

また、このように考えてくると、いま右の理を進めて、はたして具体的な平等が確保されているか否かを検討する場合にも、およそ選挙区割及び議員定数の配分は、議員総数と関連させながら、全選挙区を全体的に考察し、また地域の特殊性その他の諸事情をも総合考慮したうえ、いかにすれば国民の意思が平等かつ効果的に反映されるかという観点から決定されているのであつて、一定の議員総数の各選挙区への配分は相互に有機的に関連し、一の部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべき性質を有すると解されるところからすると、全国の選挙区割と定数配分は不可分一体のものであるとの観点に立つて全体的にこれを検討するのが相当である。したがつて、本件においても単に本件原告の属する選挙区の投票価値だけを他の選挙区のそれと比較するだけでは足りず、かつその比較は全体的な平等保障の存否判断の一資料としての意味しかないのであるから、場合によりその比較が不要のときもあるといわなければならない。

また、このような憲法上要請される選挙人の投票価値の平等は、絶対的、数字的に平等であることまで要求するものではないが、衆議院議員が国民代表的性格を有することに鑑みると、各選挙区の選挙人数と配分議員定数との人口比率の平等が最も重要かつ基本的基準とされるべきである。

三もつとも、このようにいつても、もとより選挙区割と議員定数の配分の決定は国会の裁量権に属し(憲法四三条二項、四七条)、国会はその決定にあたり、前記人口比率の原則のほかに、従来の選挙区の歴史的沿革、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、産業、経済、交通事情等非人口比率的、政策的な諸般の要素を考慮することは当然許容されることにも留意すべきであり、その結果選挙区を異にする選挙人間の投票価値にある程度の較差が生じるのは、やむをえないところである。

したがつて、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の右要求と国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるための代表を選出するという選挙制度の目的とに照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認しうるものであるかどうかという観点から検討すべきである。

四以上のような諸般の要請を彼此総合すると、具体的な各選挙区間における投票価値の最大較差はおおむね一対二ていどの範囲にとどめるのが選挙権の平等の保障上最も適切であることはいうまでもないのであるが、ただ前記のような非人口的要素を考えた場合には、一概にいうことは困難ではあるが、一般的にいえば一対三を相当程度上回るような較差は原則として憲法の許容するところではないと解すべきである。

五以上の見解と異なる原告の主張は採用することができない。

2本件選挙時における本件定数配分規定の平等性の存否について

本件選挙当時における本件定数配分規定による選挙区分、各選挙区の有権者数、議員定数、投票価値の較差が別表較差状態一覧表のとおりであること、その最大較差が4.41(千葉四区)対1(兵庫五区)に及んでいたことは当事者間に争いがなく、また当裁判所にも公知の事実である。

そして、右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は著しいものがあり、一般的な合理性を超えたものというほかなく、これを正当化すべき特別の理由は見出し難い。

もつとも、本件定数配分規定は昭和五〇年七月一五日昭和五〇年法律第六三号により改正されたものであり、右改正においては、直近の同四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大1対4.83にも及んでいたのを是正するため、右改正前の衆議院議員の定数四九一人に二〇人を増員してこれを議員一人当たりの人口の著しく多い一一の選挙区に配分し、これによつて議員数が六人以上となる選挙区を分割することとされたもので、右改正の結果、前記国勢調査による人口を基準とする右較差は最大1対2.92に縮小することとなつたことが右改正の経過から明らかであり、右改正当時における較差は改正による縮小の結果その数値自体の不平等性は是正解消されたものと認められるところ、本件選挙当時の較差が前示のとおり拡大したのは専ら右改正前後を通じて間断なく生じてきた我が国の社会的経済的諸要因に基づく非作為的な人口異動の結果にほかならないと推定され、必ずしも国会の意図的恣意的作為によるものとはいえないのであるが、このような実情をしんしやくしてもなお前記不平等の非合理性を左右することはできない。

したがつて、本件選挙当時の本件定数配分規定における選挙区間の投票価値の較差は、爾余の選挙区間較差を検討するまでもなく、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものというべきである。

3いわゆる是正のための合理的期間経過の有無について

ところで、本件定数配分規定は改正当時一応その不平等状態が解消されたところ、その後人口の異動によつて各選挙区間の投票価値の較差が次第に拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つたことは前示のとおりであるが、ただそのことによつて直ちに当該議員定数配分規定の憲法違反までもたらすものと解すべきではなく、人口の異動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されているにもかかわらずそれが行われないときに、初めて右規定が憲法に違反するものと断定すべきであることは被告援用の二つの最高裁大法廷の判決説示のとおりである。

そこで、以下、本件について右合理的期間が経過したかどうかについて検討する。

まず、本件選挙は本件定数配分規定公布の日(昭和五〇年七月一五日)から起算すればほぼ八年半後、右規定施行の日(昭和五一年一二月五日)から起算すれば約七年後に行われたのであるが、前記のとおり、右改正後の選挙区間における前記国勢調査に基づく議員一人当たりの人口の較差最大1対2.92が本件選挙当時に議員一人当たりの選挙人数の較差最大1対4.41まで拡大したのは、漸次的に生じた人口の異動によるものと推定することができる。

そして、右改正後の投票価値の最大較差拡大推移の実情の一端が次のとおりであることは公知の事実である。

時点

議員一人当たり有権者比率

同人口比率

備考

S.50.10

3.71対1

国勢調査

S.51.12

3.49対1

三四回選挙時

S.54.10

3.87対1

三五回選挙時

S.55.6

3.94対1

三六回選挙時

S.55.10

4.54対1

国勢調査

S.57.9

4.24対1

参議院議員定数改正時

S.58.12

4.41対1

本件三七回選挙時

(ただし、国勢調査結果は約半年後に公表)

そして、右較差の拡大による投票価値の不平等状態が本件選挙前のいかなる時点において憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達したのかは、事柄の性質上、判然と確定することはできないけれども、上来説示の投票価値平等性の憲法上の意義、その具体的基準の目安(ことに前記1四の説示参照)等に照らすと、本件定数配分規定改正後そう遠くない時点においてすでに憲法の要求する投票価値の平等性を逸脱した不平等状態が生じていたと解すべきであつて、このことと、本件定数配分規定の別表第一の末文には、訓示規定とはいえ、原告主張のような条項すなわち「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」旨定められているにもかかわらず、右規定はその改正後本件選挙の時点においてすでに約八年半(施行の日から約七年)を経過していること前示のとおりであること、投票価値の平等性判断において最も重視されるべき要素はやはり人口比率であつて、非人口的要請をも無視できないことに藉口して、前記要素を軽視することは許されないこと、そして、前記のような時を追う投票価値の較差拡大の経緯は国会においても十分これを覚知しえたはずであること等をあわせ考えると、当裁判所としては、本件選挙時(ないしはその直前の国会解散時)にはすでに国会において本件定数配分規定を是正すべき猶予期間は徒過したものと解するほかないと考える。

そして、以上の帰結は、このような不平等状態存否の判断が極めて困難であり、規定の改正がもともと国会の立法裁量権に属する上、仮に国会が不平等状態を自覚したとしてもその時々の政治情況等に照らすとこれに速やかに適切な対応を期待するのが困難であること、人口の異動は絶えず生ずるものである上、人口の異動の結果、右較差が拡大する場合も縮小する場合もありうるのに対し、議員定数配分規定を頻繁に改正することは、政治における安定の要請から考えて、実際的でも相当でもないこと等の事情を考慮してもいまだ左右されないと解する。

被告の以上の点に関する主張中、右の認定判断と異なる部分はいずれもその立論の前提を異にするから採用することができない。

なおまた、被告は、国会が本件定数配分規定の不平等性を認識する資料としては昭和五一年四月一四日の最高裁判決(昭和三九年改正の定数配分規定に基づく昭和四七年一二月七日施行の選挙における投票価値の最大較差が4.99対一であるのを不平等状態と判断したもの)以外になく、昭和五八年一一月七日の最高裁判決は時間にみてこれを参照することは不可能であつたことを特に強調して主張しているのであるが、右主張のうち後段の主張はこれを首肯することができるとしても、前段の主張については、もともと国会が情況認識および情況判断をする場合の手段の一つとして司法裁判所の公権的判断(判決)を挙げること自体は是認できるところではあるが、これのみに依拠するほかないかのようにいう点は到底首肯することができない。国会が前記のような投票価値の最大較差の間断なき拡大を自から容易に覚知しうることは多言を要しないところであるし、また、これらの認識に基き投票価値の不平等状態の存否を判断することは国権の最高機関たる国会自体の当為の問題として自からの権限に基づき自らの責任においてなすべき事柄であつて、このことはまた国民に対して直接に負う責務でもあると解されるところである。

したがつて、被告の右主張も採用することができない。

4事情判決の当否について

以上のとおりであるから、本件選挙は、憲法所定の選挙人平等の要請に違反する本件定数配分規定に基づいて施行されたものであつて、これは公選法二〇五条一項所定の選挙規定違反と解することができ、かつこのことは選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあること明らかであるから、ひつきよう、違法の選挙というべきである。

しかし、法が選挙の効力に関する訴訟の制度を設けている趣旨等からいつて、右違法により本件選挙が当然に無効となるものとは解し難い。他方、右違法を理由に本件原告所属の選挙区における本件選挙を将来に向かつて無効とする判決をし、その選出議員の資格を失わせても、これによつて直ちに右憲法の規定に適合する状態がもたらされるわけではなく、右状態を実現するためには本件定数配分規定自体の改正にまたなければならないのであり、しかも、定数配分規定の改正を含むその後の議会の活動が選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を欠いた状態の下で行われるという望ましくない事態を招かざるをえず、各選挙区について同様の訴訟が提起されることによつて議会そのものの活動が不可能になることも懸念されないではないのであるから、少なくとも議会による自律的な是正になお期待をかけうる限りこれに期待し(成立に争いない乙第二号証の一ないし一七、第三号証等によれば一応そのことが期待できる。)、選挙を無効とすることによる不当な結果を回避するのが相当であると考えられる。そして、行訴法三一条一項に示された一般的な法の基本原則によれば、かかる場合、選挙を無効とすることを求める原告の請求を棄却するとともに当該選挙の違法を宣言すべきものと解することができる。選挙関係訴訟について右行訴法三一条の準用を排除する公選法二一九条の規定は、定数配分規定の違法により選挙が違法となる本件のような場合をも予想したものとは解されないから、右のように解する妨げとなるものではない。

そうすると、被告の事情判決の主張は正当である。

5結論

よつて、原告の本訴請求を棄却するとともに、原告所属の選挙区における本件選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(今富滋 畑郁夫 亀岡幹雄)

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